「このまま君だけを奪い去りたい」 名曲たる所以とは!? 名曲・名盤解説 1

 今回は名曲・名盤解説の第1弾としてDEENのデビューシングル「このまま君だけを奪い去りたい」をとりあげる。

基本データ

1993/03/10発売
初動5.3万枚
初登場16位
最高位2位
売上129.3万枚
NTT DoCoMo「ポケットベル」CMソング
作詞:上杉昇 作曲:織田哲郎 編曲:葉山たけし


このまま君だけを奪い去りたいの画像

 本作はB-Gram Records第1弾作品である。実はZARDの「負けないで」が第1弾作品となる予定であったが、ポリドールとの契約の関係上間に合わなかったため、本作が第1弾作となっている。
 また、ポカリスエットに代表される一連のcmタイアップ作品の一つでもあり、もちろんのようにMr.Musicの吉江一男案件でもあるため、プロデューサーに長戸大幸とともに吉江一男がクレジットされている。

 また、最高位は1993/4/19付(および翌週の2週)で2位を記録している。この週は、15.8万枚を売り上げたが、同門のB'z「愛のままにわがままに~」の4週目(16.6万枚)に阻まれた。ビーイング系どうしのハイレベルな首位争いの詳細については以下の記事で解説している。


織田哲郎による普遍性の高い美しいメロディー

 実は「このまま君だけを奪い去りたい」は筆者の最も好きな楽曲である。おそらく人生で最も好きな曲であろう。それはこれまでもこれからも。この曲はなんといってもそのメロディーが上質である。
 作曲者の織田哲郎はインタビュー時に「普遍性の高いメロディーを作ってきたという自負があるし、普遍的なメロディーを作りたい」とかねがねから語っている。

織田哲郎インタビュー
  1. 自分が本質的に飽きっぽいところがあるからだと思いますが、自分が音楽を聴く時に、普遍性のあるものが結果的に好きなんですよ。その時代性と普遍性の兼ね合いというのは、ヒットを狙うという意味では重要なんです。でも時代性の方が強いものって、自分はあまり聴かないんですよね。若い頃からメロディに普遍性を感じるものが、特に好きなんでしょうね。(インタビュー記事①)
  2. プロとしての矜持。それが普遍的なメロディーだ。「おどるポンポコリン」も「負けないで」もいまだに誰からも愛されている。「それは自分の中で、一過性ではない、普遍的なメロディーを作っているからだと自負しています」(インタビュー記事②)

 その織田哲郎の普遍性の追求の結晶がこの「このまま君だけを奪い去りたい」であると思わけである。
 以前、織田哲郎が自身のyoutubeにて、「このまま君だけを奪い去りたいは、極めてオーソドックスな綺麗さの中で何回やっても綺麗なストリングスアレンジが思い浮かぶ」と述べていた。どんなアレンジをしても綺麗にメロディーが映えるというのは、よほどメロディーが良いということの証左であろう。動画では”オーソドックス”と連呼していたが、オーソドックスというのは”普遍性が高いとも”言い換えることができる。


 ここからは、メロディーを部分ごとに詳しく見ていこう。筆者は音楽的な素養は持ちあわせていないので、専門的な解説はできないことはご容赦願いたい。

 まずはAメロ。壮大なバラードらしく比較的平坦なメロディーから入る。平坦とはいっても、出だしの”♪しぃ~ずかに”や”♪むぅ~ねぇ~の”ようなゆっくりな部分と、”♪佇む 街並み”や”扉たたいた”といった少し早い部分(=音数の多い部分)の緩急が心地よい。♪胸の扉叩いた♪のところで若干メロディーが上がる。

 そしてBメロ。一気に胸がキュンとするような切なさを持ったメロディーに変わる。bメロの最後では”♪消えゆく愛をしった”のところで音程が一気に上がり、サビへ向かう高揚感を演出している。

 そしてサビ。”♪こぉ~のま~ま↑”、”♪君ぃだけ~を↑とまるで三段跳びのホップ・ステップのように2段階に音程が上がり、最後のジャンプとして”♪奪い去りたいの”ところで、その盛り上がりはピークを迎える。サビの後半では、”♪いつ~までも~信じていたいよ”でもう一度ピークを迎え、”♪心震えるほどほど愛しいから”のところでサビで盛り上がった後の余韻に浸る。


 美メロながらも、ただ美しいだけでなく、この”切なさ”、ひいては"わびさび"と言っても良いと思うが、これらを表現できるのが織田哲郎のすごいところである。つくづく日本人の琴線に触れるメロディーメイカーだと感心させられる。


詩人としての上杉昇が魅せる文学的な詩

 以前から本サイトでは、”詩人としての上杉昇”を織田哲郎が評価していること(織田哲郎「上杉昇は素晴らしい“詩人”だと思います。」インタビュー記事)は書いてきたが、筆者はその詩人としての上杉昇の本領が発揮されたのが、「このまま君だけを奪い去りたい」だと思うわけである。

 この曲の歌詞は実に自然に情景が浮かんでくる。そして、時の普遍性、諸行無常の時の流れの中で男の切ない恋心を語っているわけである。 織田哲郎がYouTubeで言っていたように、「本当にキラキラとした、かつ、切ない」素晴らしい歌詞であるとしか言いようがない。

 ここからは、歌詞についても詳しく解説していこう。


1番

静かに佇む街並み はしゃぎ疲れ
 静かなピアノの伴奏と共にまずは静かな街並みの様子を詠う。一方でこの曲の主人公ははしゃぎ疲れており、静かな街と喧噪の中にあった主人公の対比が美しい。

忘れたはずのこのさみしさ ムネの扉 たたいた
 はしゃいで喧噪の中にいたときには忘れ去られていた”さみしさ”がふと心をよぎるのである。そして、その”心をふとよぎってきた様子”を「ムネの扉 たたいた」と素晴らしい婉曲表現で表現しているわけだ。

君の瞳にはボクがにじんで 消えゆく愛をしった
 君の瞳にボクがにじむということは、君(目の前の女性)の目には涙が浮かんでいることを想起させる。このあたりの表現は聴く者に情景を思い浮かばせる天才的な表現だと思う。(仮に「君の目には涙が流れて」という表現だとしたら興ざめだ。)そしてそれは”消えゆく愛”を意味しているのである。この儚げな雰囲気の中、サビに突入する。

このまま君だけを奪い去りたい
 ビーイング系らしいサビ頭タイトルの「このまま君だけを奪い去りたい」。そう、曲名としては「いけてるのかいけてないのかギリギリのラインでございますが」(by 織田哲郎)、流れの中で見ると、愛が消えゆく前に”このまま”君だけを奪い去りたいなのだ。静かに佇む街並みから、”君だけを”奪い去って”二人だけ”の世界に没入してしまおうということである。

やがて朝の光訪れる前に
 そして、次の「朝の光訪れる前に」。この歌詞が、今すぐ奪い去らなければ君がどこかに消えてしまうのではないかと思わせる儚さと刹那性を聴く者に強烈に与える。

夢を叶えよう 二人素直なままの瞳で
 ZARDの「負けないで」のように夢のために離れ離れになるのではなく二人で、そして心が汚れてしまう前に素直なままの瞳で夢を追いかけようと君に伝えるのである。

心震えるほど愛しいから
 その夢を叶えようとする原動力は心が震えるほど愛しいから、つまり”純愛”なわけである。(そういや2010年頃の曲にも♪会いたくて会いたくて震える というような歌詞があったが、この曲では会いたくて震えるのではなく、愛しい余り心が震えるのである。より心情が婉曲的かつ叙情的に表現されている。)
 要は、サビの歌詞は、純粋な心を失う前の刹那のような時の中で、純愛を原動力として二人で夢を叶えようと詠っているわけだ。聴き手はそれが理想であると同時に難しいと分かっているからこそ、その純粋なる初々しいこの恋心に心動かされるのである。


2番

懐かしいブルーの雨傘
 2番に入っていきなり、「懐かしいブルーの雨傘」とモノを見て昔を懐かしがってみせ、聴く者の頭の中に容易に懐かしげな風景を思い浮かばせる。

うつむき歩くそのくせは今もあの日のままだね
 雨傘という”モノ”を提示して、聴く者にも感傷的・懐古的な感情を抱かせたところで、追い打ちをかけるように、過去の”君(ヒト)”のクセを思い出すことで、さらに感傷的・懐古的な感情を深くさせる。この”モノ”と”ヒト”の対比はこれまた美しい。

ふいに呼び止めて笑いあえたら言葉さえもいらない
 感傷的な気持ちの中、笑いあえたら言葉さえもいらないと言い切ってみせるのだ。この状況下で、贅沢は言わない、笑いあえさえすれば良いというのは本心なんだけれども、ほんの少し強がってみせているようなところがなんとも切ない。本当にちょっとした心の機微・葛藤を表現しているのが天才的である。

このまま~ 胸の奥でそう叫んでいるようだ
 この部分は、自身の気持ちを詠いながらも、叫んでいる”ようだ”と推定形で書かれているのが象徴的である。自身の内なる心から湧き出る抑えきれない気持ち=本心が垣間見える状況ということである。しかし、口に出したり、行動に移したりできないという歯がゆさもあることを描いている。

誰一人分からない 遠い世界で君を守ろう
 誰一人分からない遠い世界でも君を守りたいと思えるほど愛しさが溢れているという比喩表現であろう。1番の歌詞は、「信じていたい」という願望だったのが、「守ろう」と決意に変わった点も見逃せない。最も誠意が見えかつ純粋な愛を貫くことを決心した様子を描いており、女性からしたら感涙ものなのかもしれない。(男なので実際のところは分かりません…ゴメンなさい)

永遠に戻ることのない時の中で
 上杉昇の詩世界の中でたびたび出てくる時の刹那性・普遍性がサビの最後に出てくる。永遠に戻ることのない時の中だからこそ、主人公の感情が儚いながらも尊いものとして鮮明に映し出される。


シンプルかつメロディーを引き立たせる葉山たけしのアレンジ

 続いて、ビーイング系二大アレンジャーの一角、葉山たけしが手掛けたアレンジを見ていく。葉山たけしは明石昌夫に比べて爽やかなロックを得意としており、初期のDEENに関しては一手にそのアレンジを引き受けている。


 まずはイントロ。オケヒこそ使っていないものの、「♪チャンチャンチャンチャン」というバラードらしいピアノが入る前に、インパクトのあるイントロをつけるという流れ自体は、B'z「ALONE」やT-BOLAN「Bye For Now」と同じ系譜である。”The ビーイング系のバラード”とも言えるだろう。
 イントロでは2度印象的なフレーズが繰り返される。ディストーションギターに力強いドラム、さらにはビーイング系あるあるの「♪ミョーン」となるシンセベースが入っている。ストリングスも入っていると思うが、聞き取れないので微妙なところではある。なにかしらのシンセの高音も彩を添えている。

 次に1番。ピアノとボーカルでほとんどが構成されており、より池森秀一の声がダイレクトに伝わってくる。たまにドラム?かパーカッション?の♪チャチャチャというリズムが入っている。

 そしてサビ。サビ頭の「このまま」のところが一瞬無音になることで、ボーカルと歌詞が最も強調される。インパクト重視で何でも加えるのではなく、こういう”引き算のアレンジ”をしてくるところが、当時のビーイング系のアレンジの賢さを感じさせる所以である。ビーイング系は本当に頭のいいアレンジをするし、そんなアレンジが筆者は大好きである。
 サビからはピアノだけでなく、ストリングスが主張してくる他、コーラスも加わる。コーラスに関しては、筆者の耳では誰かまではよく分からない。やっぱりこういう超王道バラードにはストリングスが合う。メロディーが良いからなおさらだ!

 1コーラス目と2コーラス目の間の短い間奏は、イントロの繰り返しメロディーで、「♪う~う~ううう~」というコーラスが美しい。このコーラスはKey.の山根公路によるものだろうか。

 2番のA・Bメロ。ピアノ主体の1番とは打って変わって、ドラムが強くバンド感が強い。一方で、シンセベースの主張がめちゃくちゃ強く低音部のかなりの比重を占めている。2コーラス目もピアノ主体のバラードだと盛り上がりに欠けてしまうと思うので、このアレンジはベストだと思う。サビ前は、当時のビーイング系にありがちなオケヒ連打ではなく、ギター・ベース・ドラムといった楽器の音で盛り上がりを作り出しているのは、この曲の優しげかつ儚げな雰囲気にあっていて素晴らしい。

2回目のサビ。「♪いらない~” ”このまま」のこの一瞬の”間”がなんとも絶妙な塩梅である。相変わらずシンセベースの音が大きいミックスになっているが、コーラスに女声(男声かもしれない?)の高音が入っていて1コーラス目よりも華やかである。「永遠に戻ることのない」のところのドラムは強弱がはっきりしていて心地よい。

 間奏(ギターソロ)。ゆったりとした王道バラードでここまで来たからこそ、ギターの速弾きが良いコントラストとなって映えている。ギターのフレーズもドラマティックかつメロディアスでさすが葉山たけしと思わされる。

ギターソロで盛り上がったところでとどめのサビである。基本的に2コーラス目と変わらない気がするが、ギターソロで盛り上がりを演出したためか、より華やかに聴こえる。サビ終わりは、この曲の終焉に向かって少しゆっくりになり、熱を帯びたリスナーの耳をクールダウンさせているようだ。

アウトロは、ピアノとアコギ・ストリングスの余韻で構成されている。ボーカルもコーラスとのハーモニーの余韻が残っており、それこそ「忘れたはずのこのさみしさがムネの扉をたたいた」ように、穏やかな気持ちにさせてくれる。そして、もう一度このサビの高揚感を感じたい(もう一度聴きたい)と思わせてくれるような名曲に仕上がっている。




 というわけで、名曲・名盤解説の第1弾として、筆者が最も好きなDEEN「このまま君だけを奪い去りたい」を取り上げた。ゆっくりですが、少しずつこの「名曲・名盤解説」シリーズも記事を増やしていきますので、どうぞお楽しみに!


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