上杉昇はなぜ天才と言えるのか?

 天性のボーカリストとも言える上杉昇。彼の何がすごかったのか?その詩世界・声・音楽性に迫る。(今回はかなり長い記事になってます…汗)

上杉昇という人物

上杉昇の画像

 上杉昇は若冠19歳の若さでデビューし、90年代メガヒット連発したWANDSのボーカリストだ。彼の主な経歴をまとめる。

・1990年頃(18~19歳頃) 憧れていたLOUDNESSが所属していたビーイングの養成スクールであるビーイング音楽振興会に所属

・1991年(19歳) ビーイング音楽振興会のオーディションで上位入賞。長戸氏の目に留まり「WANDS」のボーカルとしてデビュー

・1992年(20歳) 「もっと強く抱きしめたなら」「世界中の誰よりきっと」がメガヒットを記録

・1995年(23歳) 「Secret Night ~It's my treat~」をリリース。オルタナティブ・ロックへの転換を示唆

・1996年(24歳) 売れ線を求めるビーイングとオルタナ路線を求める上杉昇の音楽性の違いを理由にWANDS脱退

・1997年(25歳) al.ni.coを結成。解散までに、計シングル3枚、アルバム1枚をリリース

・2001年(29歳) al.ni.co解散。以後、ソロのライブ活動に軸足を移行

・2007年(35歳) 猫騙結成。以降、2019年まで活発なライブ活動を行う

・2012年(40歳) アニメソングのライブイベント『Animelo Summer Live 2012』でシークレットゲストとして織田哲郎と共演

・2018年(46歳) 織田哲郎とNoBとともに中国公演を開催

・2022年(50歳) 自身ソロ初のベスト盤『永劫回帰Ⅰ』『永劫回帰Ⅱ』を2枚発売。

・2025年(53歳) 日本テレビ「THE MUSIC DAY」で32年ぶりに地上波番組で歌唱。

 彼があまりにも若くして成功を収めたがゆえに必ずしも良い結末を得られなかったことは、過去の記事でも述べた通りである。

WANDSがなぜメンバーの脱退という悲しい結末を迎えたのかについて、詳しくはこちら↓

 上杉昇はビーング音楽振興会オーディションで入賞し頭角を現していった。彼は当時、Guns N' Roses(ガンズ・アンド・ローゼズ)といったHR/HMに加えて、Nirvana(ニルヴァーナ)といったオルタナティブ・ロックに傾倒していた。しかし、ビーイングの音楽性は、70,80年代のハードロックを基調とする音楽性であり、彼の求める音楽性とは相違があった。 しかし、3枚目シングル「もっと強く抱きしめたなら」がメガヒットを記録し、彼は一躍スターの仲間入りをする。

WANDSがどうやってブレイクを果たしたかについて、詳しくはこちら↓


 もちろん楽曲が良かったことやビーイングのタイアップ戦略が功を奏したことは言うまでもない。しかし、ヒット曲の重要な要素として彼の詩、そして彼の声・歌唱があったことも事実であろう。 本記事では、”上杉昇の何がすごいのか”・”上杉昇の天才性と魅力”に着目し、次の項目に分けて徹底解説する。
  1. 天才的な作詩能力
  2. 天性の歌声
  3. 等身大の生き様

ビーイングのタイアップ戦略について詳しくはこちら↓




上杉昇の書く詩世界

 まず、上杉昇の歌詞について深堀りしていこう。織田哲郎はよくインタビューで上杉昇のことを次のように「天才的な詩人」と称している。

織田哲郎インタビュー
  1. 上杉昇は文字で言うと「司」ではなく「寺」の方で書く「詩人」だと思う。本当に才能がある。(インタビュー記事①)
  2. WANDSの上杉昇くんとも「世界が終わるまでは」「このまま君だけを奪い去りたい」などを一緒に作りましたが、彼は素晴らしい“詩人”だと思います。(インタビュー記事②)
 織田哲郎も評価する上杉昇の詩世界にはどんな特徴があるのか。なぜ天才的な詩人と言えるのか。その答えを探るには、まず彼の詩世界の基盤となっている次の三つのテーマを理解する必要がある。
  1. 時の普遍性・刹那性
  2. 普遍的な時の中での愛の切なさ
  3. 自己との葛藤

以下では、これらを一つずつ解説していく。

時の普遍性・刹那性

 上杉昇の書く詩にはよく「時」「時」に関する歌詞が出てくる。

♪季節はまた巡りゆくけれど
♪このままで時が止まればいいと
「もっと強く抱きしめたなら」WANDS, 1992年

♪時の扉たたいて
「時の扉」WANDS, 1993年

♪永遠(とわ)に戻らないこの時間(とき)の中
「愛を語るより口づけをかわそう」WANDS, 1993年

♪永遠(とわ)に戻らない この瞬間にすべてを…
「・・・でも 君を はなさない」WANDS, 1993年
※「愛を語るより口づけをかわそう」のB面

♪同じ時代(とき)を あの日のまま いつまでも記憶の中 刻みたかった
♪二人永遠(とわ)の自由探して
「星のない空の下で」WANDS, 1993年

♪窓の外ゆっくり 時間がすぎてく
♪どれだけ時がゆけば 笑い合えるのだろう
「ガラスの心で」WANDS, 1993年

♪かけがえのない 同じ時を刻んでいたのに
♪星屑たちは瞬くけど
「孤独へのTARGET」WANDS 1993年

♪むじゃきなままで 時のシグナル
「恋せよ乙女」WANDS, 1993年

♪あの日の決別はもう消せやしない それでも今は心を溶かして
♪せめて今だけは 過去も 未来も 忘れて…
「Little Bit」WANDS, 1993年

♪いっそ永久(とわ)に眠ろうか…
♪戻らない時だけが 何故輝いては
♪誰もが望みながら 永遠を信じない
「世界が終るまでは…」WANDS, 1994年

♪僕の"今日"は目を閉じる 君の中で
♪どれだけの時を越えても
「Don't Try So Hard」WANDS, 1995年

♪例えば僕が消えても いつも通りに 時代は移りゆくのだろう 巡るだろう
「Foolish OK」WANDS, 1995年

♪やすらかな夢が見たい 刹那の夢を
「PIECE OF MY SOUL」WANDS, 1995年


♪やがて朝の光 訪れる前に
「このまま君だけを奪い去りたい」DEEN, 1993年

♪戻らない時間を 追いかけて
「声にならないほどに愛しい」MANISH, 1993年

♪夜明けが近づく その前にここからさらって
「Please Please Me, LOVE」Mi-Ke, 1993年

♪無限の時に響きそうな Dynamic Mind
「君が欲しくてたまらない」ZYYG, 1993年

 このように時に関する歌詞がよく出てきていることが分かるだろう。この詩の中でどういうことを歌っているのかというと、”常に刻々と刻み続ける時の普遍性”と”時は一瞬で過ぎてしまい過去のものとなってしまう刹那性・儚さ”である。 こんな話、小さい頃にどこかで聞いたことがあるなぁと思った読者の方もいるのではないだろうか。
「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」
日本人なら一度は聞いたことがある平家物語の冒頭である。我々日本人は、DNAレベルで仏教的・神道的な価値観が身に付いており、森羅万象が常に変化し続けるという意の”諸行無常”だとか、”ただ春の夜の夢のごとし”のような刹那性・儚さが好きである。夢も”叶えたい夢”という意と、”睡眠中に見る夢”の意があるが、後者は実体のない幻、一瞬さを表すために婉曲的によく用いられる。上杉昇の歌詞にもよく”夢”という歌詞が出てくるのもそのためである。
 日本人が花見が好きな文化なのは、もちろんお酒を飲んで騒ぎたいだけという面も大きいが、”桜”という一瞬で散ってしまう儚さ、そこに美を見出す民族だからというのも大きいように思う。織田信長が本能寺の変で詠んだ辞世の句「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり」もこのような日本人の古来の価値観を表している。
 話が古典にまで脱線したが、言いたいことは、とにかく「上杉昇の詩はDNAレベルで日本人の心の琴線に触れる」ということである。

 どんな時であっても時は必ず進んでいくという事実=普遍性。その限られた時間の中で、君を奪い去ったり、時には口づけを交わしたり、永遠を信じないというか信じられない人の生き様に美しさを見出しているのだと思う。そして過去には戻れないからこそ、「戻らない時だけが 何故輝いては」「戻らない時間を 追いかけて」という過去を振り返ることの空虚さ、それでも葛藤しながらも進むしかないというある意味の残酷さ、こういった人の感情と生き様を見事なまでに表現しているのが上杉昇の詩の魅力であろう。

普遍的な時の中での愛の切なさ

 上杉昇の詩には、先述した普遍的な時の中で愛の切なさを歌った詩が多い。
 例えば、♪この街に懐かしい風が吹く そしてもう一度歩きたい 同じ時を(「もっと強く抱きしめたなら」WADNS, 1992年)では、戻らない時の中で同じ時を愛する人ともう一度歩きたいというどうあがいても叶わない夢を語っているのである。そこに”愛の儚さ”を感じるのだ。 他にも、「このまま君だけを奪い去りたい」では、♪消えゆく愛をしった このまま君だけを奪い去りたい やがて朝の光訪れる前に(「このまま君だけを奪い去りたい」DEEN, 1993年)では、消えゆく儚げな愛は日の出が出る前に奪い去ってしまわないと消えてしまうという幻影のような愛を描いている。

「このまま君だけを奪い去りたい」の歌詞の素晴らしさは過去に解説している。詳しくはこちら↓


 「このまま君だけを奪い去りたい」に関しては、同門の大黒摩季も次のように上杉昇の詩の天才さを賞賛している。
【以下インタビュー引用】「19歳なのに、“このまま君だけを奪い去りたい”という(DEENの)名曲の歌詞を書いてきたんですよ」と、ソングライターの才を目の当たりに。「もうこの人絶対天才だわ!心が天才だわ!と思ったら、なんか私、歌詞なんて書く気力がなくなっちゃった」と当時の心境を告白した。


 一方で、織田哲郎は自身の動画の中で、歯に衣着せぬ物言いで上杉昇の歌詞について評価し、感謝の念を述べている。
 「愛を語るより口づけをかわそう」の動画では、織田哲郎が「”口づけ”、ここらへんがなんとも言えず、上杉くんの文学的なセンスっていうかね。とても素敵じゃないかと思います。」と語っている。当の上杉昇は、「たとえば「愛を語るより口づけをかわそう」の歌詞では、いわゆるセックス・ドラッグ・ロックンロールというようなロックの象徴みたいなものを丁寧に書いてみるとか。」とインタビューで答えている。 ”丁寧に書いてみる”と言っているが、丁寧に書いた結果がこのような文学的なセンスに満ち溢れた表現になるとは脱帽である。しかも当時21歳というのだから、なんと卓越した表現技術を持つ21歳なのだろうと驚嘆するほかない。

 一つ目のテーマである”時の普遍性や刹那性”と二つ目のテーマである”愛”は相性が良いというか、限られた中だからこそ愛が煌めくのだろう。(余談になるが、”煌”という字を見ると、MANISHの「煌めく瞬間に捕われて」(作詞:高橋美鈴・川島だりあ)が思い出される(笑))

自己との葛藤

 3つ目のテーマは「自己との葛藤」である。このテーマは94年の「世界が終るまでは…」以降に特に顕著になったテーマではあるが、「天使になんてなれなかった」(1993年)や「ガラスの心で」(1993年)、「Mr.JAIL」(1993年)といった1994年以前の楽曲にも見られる。

♪たしかに僕はそうSINGIN' DOLL でも恋におちたりありえないウワサ話もリアルそのまま聞こえる
♪根も葉もない何故か僕のLove Story作られ 有害だらけの誰かの匂う愛だけ咲き誇る
「Mr. JAIL」WANDS, 1993年

♪「孤独」と言う自由の中で何が僕に出来る? 誰か教えてよ
「ガラスの心で」WANDS, 1993年

♪いつしか生きるために その心削って育んだ夢さえも窮屈になる
♪メッキだらけの街だから 失望にこのすべてをそめられそう
♪天使になんてなれなかった ボクの中の歪んだ心
「天使になんてなれなかった」WANDS, 1993年

♪やつれ切った心までも壊す…
♪そして人は形を求めてかけがえのない何かを失う
♪欲望だらけの街じゃ夜空の星屑も僕らを灯せない
「世界が終るまでは…」WANDS, 1994年

♪"咲くこともなく散る花が泣いてる"
「FLOWER」WANDS, 1995年

♪誰も永遠に自分自身に出会えないから 当たり前なんだけど
♪もしすべてが刹那から始まるのならば もう一度孤独を抱きしめて
♪鏡を覗き込んで見えないものとただ一人きり向き合ってもがき苦しむ
「Love & Hate」WANDS, 1995年

♪この心に生きてる 矛盾は消せやしないけど
♪君は微笑みながら きっと許してくれる
「Don't Try So Hard」WANDS, 1995年

♪少しづつ 消えるくらいなら ひと思いに散ればいい?
♪「すべては自分次第 幸せはどこにでもある」誰かまた僕をそう だましてよ
「PIECE OF MY SOUL」WANDS, 1995年

♪粉々に砕けたガラスのようだ この心は
♪だからまた誰かをキズつけてゆく
「MILLION MILES AWAY」WANDS, 1995年

 自己との葛藤は95年リリースの4thアルバム「PIECE OF MY SOUL」で以前に増して色濃く表現されている。上杉昇自身はインタビューにて、「(94年に)敬愛していたNIRVANA(ニルヴァーナ)のカート・コバーンが亡くなり、自死ともいわれました。そのとき、彼の曲や歌詞、悲鳴のような叫びが、妙にリアルに生々しく感じて、「何やってたんだろう、俺は」「自分のスピリットを何も残せていない」と(感じた)」と答えており、自己との葛藤の歌詞が増えた時期と合致する。 1994年リリースの8thシングル「世界が終るまでは…」はWANDSというユニットの集大成とインタビュー動画で述べている他、ラブソングの集大成とも過去の雑誌インタビューで述べている。また、あえて「世界」というフレーズを使うことで、「世界中のだれよりきっと」のイメージを払拭ようとしたともインタビューで述べている。

 理想とする自分の姿とそれを実現できない自身の情けなさに苦悩した上杉昇がその心情をときにありのままに、ときに婉曲的に表現している。誰にも分かってもらえない孤独感、金と名声と権力に渦巻くメッキに彩られた音楽業界に対する彼の純粋さ故の落胆、矛盾を抱えながらもそんな自身を受け入れてほしいという乾いた心からの渇望、そして人を傷つけていくというやるせなさ、こういった複雑な感情が詩という世界で表現されている。「MILLION MILES AWAY」に出てくる「♪粉々に砕けたガラスのようだ この心は だからまた誰かをキズつけてゆく」という表現は、彼の当時の”繊細さとトゲっぽさ”をうまく表現している詩だ。

 ”自己との葛藤”は尾崎豊の詞にもよく出てくるテーマでもある。彼も上杉昇に比する日本音楽界の天才的な作詞家であると思うので、また取り上げたい。





天性の歌声

 ”作詞家”としての上杉昇に焦点をあてて解説したが、次に”ボーカル”としての上杉昇に焦点をあてる。

 ボーカルとしての上杉昇の魅力はなんといっても憂いがかったビブラートの強いセクシーな美声である。若い頃の上杉昇は八重歯もあったことから見た目、歌声ともにセクシーであり、彼の歌唱には男の筆者も惚れ惚れしてしまうほどである。
 彼の声のよさがよく分かる楽曲をいくつか紹介したいと思う。

 一曲目はイーグルスの大名曲「Hotel California」のカバー。ビーイングにとって重要ワークスである洋楽のカバーアルバム「Royal Straight Soul Ⅲ Vol.1」に収録されている。
 次に紹介するのは、彼のWANDS脱退後に発表された未完成曲「ささやかな愛情」。2003年発売の「vocal compilation 90's hits Vol.1〜male〜 at the BEING studio」に収録されている。
 この曲はライナーノーツによると、7thシングル「Jumping' Jack Boy」リリース後、8thシングル「世界が終わるまでは」までの間に作られたとあるが、確かにこの時代の葉山さんらしい煌びやかな極上のバラードに仕上がっている。

 この声は本当に唯一無二であるし、本当に”日本音楽界の至宝”であると筆者は確信している。上杉自身も年齢を重ね、「ただ純粋に、自分の声が生きる曲を歌いたいという思いが一番強いんです。」と語っている





等身大の生き様

 そして最後に紹介したい彼の魅力は”等身大の生き様”である。彼は節目節目で各種雑誌やネットメディア等のインタビューを受けている。ここ10年程度の主なものを集めたので、興味がある方はぜひクリックして読んでみてほしい。  このように、彼は等身大の生き様を歌で、そしてインタビューで表現してきた。そして、2018年2020年には自伝本を出版し、自身の目から見たアーティスト上杉昇を書いている。自己との葛藤に苦しんだ彼であるが、少しずつ時間をかけてその心情が変化してきたことも事実だ。
 特に、2012年に開催された「Animelo Summer Live 2012 -INFINITY∞-」に「織田哲郎&上杉昇」名義でシークレットゲストとして参加したことは彼にとって転機となったであろう。彼がWANDS時代の曲を大きな箱(=会場)で歌ったのはある意味画期的なことであった。この場で、上杉昇はWANDS時代に感じていた”アイドルに向けられる超音波のような黄色い歓声”ではなく、”熱狂的な大歓声”を受け、”ロックシンガー”として大衆に初めて受け入れてもらえたと感じたに違いない。実際、これを機に、だんだん中国や台湾といった海外アジア各国でWANDS時代の曲を歌うようになっていった。

 このような年齢とキャリアの中で、赤裸々に自分の考えやあり方を探し、それを表現してきたシンガーとしての上杉昇はカッコいいの一言に尽きる。そして、ビーイングブームからも約30年が経過した今、ようやくWANDS・上杉昇の正当な評価がなされいるのだと思う。

 ということで、「歌詞」「歌声」「生き様」という3つの視点から上杉昇の魅力と天才さに迫った。2026年現在では、ライブでもかなりWANDS時代の楽曲も解禁しており、ビーイングの一流の作曲家・編曲家とともに作り上げた名曲の数々を彼自身が歌い続けることを願うばかりである。「寂しさは秋の色」「時の扉」「愛を語るより口づけをかわそう」を編曲したアレンジャーの明石昌夫氏も亡くなり、また「世界中の誰よりきっと」をともに歌った中山美穂氏や「果てしない夢を」をともに歌った長嶋茂雄氏も亡くなった今、その想いは強まることこそあれ、弱まることはない。


 最後に、今回紹介した上杉昇の自伝本、過去の作品を紹介しておく。より深く知りたい方はぜひ。


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アーティスト別WANDS>3. 上杉昇はなぜ天才と言えるのか!?

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